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高松地方裁判所 昭和34年(む)260号 判決

被疑者 大林浅吉

決  定

(被疑者氏名略)

右の者に対する公務執行妨害並びに傷害等被疑事件につき高松地方裁判所裁判官野田栄一が昭和三四年四月二五日にした勾留請求却下の裁判に対し、同日高松地方検察庁検察官藤川健から準抗告並びに右勾留却下の裁判の執行停止の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一、申立の理由

検察官の本件申立の理由は、別紙(一)記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

本件記録によれば、被疑者が本件被疑事実(別紙(二)のとおり―勾留請求書被疑事実欄記載のもの。)の罪を犯したことを認めるに足りる相当な理由のあることは明らかである。

そこで、刑事訴訟法第六十条第一項各号に定められた事由の有無につき検討するに、記録によれば、本件が、高松高等学校において開催された文部省および香川県教育委員会共催の中国・四国地区小学校教育課程研究協議会をめぐつて、受講者の会場入場を助けようとする警官隊および主催者である教育委員会側職員等多数と右入場を阻止しようとする日本教職員組合(以下日教組という。)等の組合員多数との間の応酬の中で発生した事案であり、被疑者が日教組中央執行委員で、集団的かつ組織的に行われた本件阻止行動に参加していたことは、いずれも検察官指摘のとおりであるけれども、

(イ)  本件は、日教組等の組合員を阻止していた警官隊のスクラムの背後で発生した他の組合員には直接の関係のない単独行為で、その附近に居合わせたのは殆んど警察側の者であつたこと、

(ロ)  被疑者は、被疑事実を否定しているものの、問題の携帯用拡声器を所持して事件現場附近に居たことを認めていること、

(ハ)  本件は、警備活動に従事していた高松警察署勤務の警察官松本輝彦に対するもので、同巡査は自ら被疑事実を確認しながら、同僚警官と共に直ちにその場で被疑者を公務執行妨害罪および傷害罪の現行犯として逮捕し、前記携帯用拡声器を押収したこと、

などの諸事情が一応認められ、これらを考慮すれば、前記検察官指摘のような事情があり、加えて被疑者が被疑事実を否定しているとしても、本件においては、未だ罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとは認め難い。

また、被疑者は、東京都下に住居を有し、日教組中央執行委員として組合活動に従事しているけれども、香川県を郷里とし、県下に居住する母親の許に身を寄せ、任意出頭の呼出には必ず応ずる旨弁護人において上申しており、その他諸般の事情を併せて考えてみても、本件において被疑者が逃亡しまたは逃亡すると疑うに足りる相当の理由を認めることはできない。

三、結論

以上の次第で、本件において、被疑者を勾留すべき必要は認められず、検察官の勾留請求を却下した原裁判は正当であるから、本件準抗告は理由なきに帰し、棄却を免れない。刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項により主文のとおり決定する。

なお、検察官は、本件勾留却下の裁判に対しその執行を停止すべき旨申し立てゝいるけれども、刑事訴訟法第四三二条によつて準用される同法第四二四条第二項の執行停止は、抗告裁判所(本件においては準抗告裁判所)が裁量により職権ですべきものであつて、検察官にそれを求める申立権なく、本件申立も亦準抗告裁判所の職権発動を促したものに過ぎないと解されるから、本件において、右申立に対し、特に判断を示さない。

(裁判官 石丸友二郎 山下顕次 小瀬保郎)

別紙(一)

理由

一、被疑者には罪を犯したことを疑うに足る相当の理由がある。

これは各被疑者に対する現行犯人逮捕手続書及び目撃者の供述調書等により明かである。

二、被疑者には刑事訴訟法第六十条第一項第二号第三号に該当する事由がある。

1 被疑者大林浅吉は日教組中央執行委員被疑者井上進は広島県教職員組合福山支部青年渉外部長被疑者八木史郎は全逓高松郵便局支部員であるところ昭和三十四年八月十九日より同月二十二日迄高松高等学校で開催された文部省等主催の中国、四国地区小学校教育課程研究協議会の開催を阻止しようとして日教組組合員等多数と共に行動を惹起したものであり、いずれも教組側、警察側多数のもみ合う中に起きた犯行である関係上本件犯行については単に警察官のみならず教組側にも多数の目撃者がある筈でありいずれもこれ等は本件事案の審理に必要な知識を有する有力な証拠資料というをさまたげないが捜査の現段階ではこれら証拠の収集はまだ十分に行われていない。

前述のように被疑者等が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由はあるが更に進んで公訴を提起しこれを維持するには従来収集した証拠資料はこれを確保していくと共になお未収集の証拠資料をもあつめ捜査の万全を期する必要がある。

特に本件は前記のように多数の者が興奮し喧噪している間に起つた事件であり目撃者の観察も部分的、せつな的であると思料されるのでことの真相を明らかにするには目撃証人の数は多ければ多い程良いのであり若しこれ等証拠資料の顕出がさまたげられるときは捜査に多大の支障を生ずる虞ありと思料する。

しかも被疑者等はいずれも前記の如く労働組合の幹部又は組合員として今次阻止行動に活躍したものであり他の組合員に対する影響力は極めて強いものと思料される。

更に被疑者等は自己の行動につき全面的に供述していないし又一方被疑者等の犯行を目撃したと思われる多数の労組員も右被疑者等に同情しこれを支援しようとする態度であることが看取される。

事情はかくの如くであるから今被疑者等の拘束を解くときはこれ等労組員と通謀してあるいは新たなる証拠の顕出をさまたげあるいは虚偽の証拠を作り出して既に収集せる証拠の効力を減殺せんとする等証拠隠滅を計る虞れは十分考えられ罪証を隠滅すると疑うに足る相当な理由があるものと思料する。

2 又被疑者が釈放された場合は前記組合の組織を利用して何等かの名目でその居所を転々とすることにより取調べのための出頭拒否を行い事実上の逃亡をする虞れが極めて大である。

別紙(二)

被疑者は昭和三十四年八月二十日より同月二十二日迄高松市六番町二番地高松高等学校において開催された文部省等主催の中国、四国地区小学校教育課程研究協議会の開催を阻止しようとして日教組組合員等多数と共に行動中同月二十二日午前七時十分頃同校北側生徒通用門外側附近において折柄同所で警備に当つていた高松警察署勤務松本輝彦巡査の頭部を所携の携帯用拡声器で一回殴打し右手掌で頭部を覆つてこれを防いだ同巡査の右拇指に治療約二週間を要する打撲傷を負わしめると共に同巡査の職務の執行を妨害したものである。

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